神戸地方裁判所 昭和29年(行)30号 判決 1960年10月08日
原告 鍵谷佐武郎
被告 兵庫税務署長
訴訟代理人 藤井三男 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告は、
(1)、被告が原告に対し昭和二八年五月一七日になした、原告の昭和二七年度分所得税の総所得金額を四五六、〇〇〇円、所得税額を八四、六五〇円と更正した処分のうち、大阪国税局長により一部取消をうけた残余の部分(所得金額三八二、一〇〇円所得税額五九、四五〇円)を取消す。
(2)、 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。
(一)、原告は被告に対し、昭和二七年度分所得税につき、総所得金額を一五〇、〇〇〇円として確定申告をしたところ、被告は昭和二八年五月一七日みぎ金額を四五六、〇〇〇円と更正する処分をした。
そこで原告は被告に対し再調査の請求をしたが、同年七月一七日棄却されたので、更に大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、昭和二九年六月四日右更正処分の一部が取消され、所得額三八二、一〇〇円、税額五九、四五〇円とする旨の審査決定がなされた。しかし原告の右年度の総所得金額は前記確定申告額のとおりであり、被告のなした更正処分のうち、右審査決定により取消された残余の部分はなお不当であるから、これが取消を求める。
(二)、原告は昭和二六年一月から現住所において薬局を開業したが、その開業資金を市内の金融業者から短期、高利で借入れたところ売上高が少く、かつ右借入金の返済に追われたため、資金操作に窮し、換金のための現物を仕入れ、これを原価どおり又は原価を割つて処分して経営を維持するの止むなきに至り、この状況は昭和二六年から同二八年まで続いた。従つて、原告の昭和二七年度の取扱商品の数量、は被告の主張するように三〇〇万円位あつたかもしれないが、店頭販売したもので換金のための処分以外のものは原告が被告並びに大阪国税局に対し提出した収支計算書どおり一、二二二、二〇〇円である。
被告の主張するような方法で所得を計算する場合、その基準となる仕入金額は右の一、二二二、二〇〇円であるべきで、右の換金処分の事実を無視し、単純に取扱商品の数量を基準として原告の所得を計算することは何ら根拠のない違法なものである。
(三)、原告の営業状態は昭和二六年度、昭和二八年度も、昭和二七年度と変らなかつたのであるが、昭和二六年度分の所得については当初の課税価格、三六万円が二六万円に、昭和二八年度分の所得については当初の課税価格四〇万円が二七万二千円にいずれも原告の申立の結果更正減額されたものであつて、この事実からも被告の本件更正決定による所得額三八二、一〇〇円の過大であることは明白である。
(四)、なお被告の主張事実中総収入に対する調剤による収入の割合が一〇%を占めるというのは事実に反する。原告の調剤による収益は二%内外である。
二、被告指定代理人は
(一)、まず訴却下の判決を求め、本案前の抗弁として次のとおり述べた。
本件訴は行政事件訴訟特例法第六条の規定に違反して併合提起された違法なものである。抗告訴訟における訴の併合要件は同条の規定にのみよるべきであり、同条にいう訴の併合は客観的併合のみならず主観的併合の場合も含む。本件訴において原告鍵谷佐武郎と森脇ゆき(分離前原告)の各請求間に何ら関連なく、それぞれ別個に独立して提起すべきものであるから違法であり、訴提起の段階において訴訟要件を欠く不適法な訴として却下すべきである。
(二)、主文第一、二項同旨の判決を求め、原告主張の請求原因(一)のうち、原告の昭和二七年度の総所得金額を除く部分を認めると述べ、本件更正決定が適法であるゆえんを次のとおり陳述した。
(1)、原告が被告に対する前記再調査請求及び大阪国税局長に対する前記審査請求にあたり、その提出した昭和二七年度の収支計算書によれば
収入金額 一、六八四、四六〇円
年初たな卸額 五四四、四六〇円
仕入金額 一、二二二、二〇〇円
年末たな卸額 五六〇、〇〇〇円
経費合計 三二七、八〇〇円
差引所得 一五〇、〇〇〇円
となつている。しかし右の計算は何らの帳簿に基いたものでもなく、著しく事実に反するものである。
(2)、原告は薬剤師で薬品の小売販売及び調剤を業とするものであるが被告の調査した原告の昭和二七年度の仕入金額は金三、〇〇一、六三九円であり、この外になお若干の仕入のあることが認められるが一応仕入金額を三、〇〇〇、〇〇〇円として計算すると、次のとおり原告の所得金額は被告の更正決定をはるかに上廻る。
イ、原告の営業の実情から、期末期首のたな卸額に殆んど差がないと認定してこの仕入金額を販売原価の総計とした。
ロ、国税庁における調査の結果によれば薬剤師一人が販売並びに調剤をしている場合の総売上金中調剤による収入の占める割合は一五%ないし二〇%である。又売上金額年間三、六〇〇〇、〇〇〇円ないし五、四〇〇、〇〇〇円の小売店で薬剤師一人の場合の調剤可能範囲率は売上金の一〇%ないし一五%である。
ハ、又大阪国税局で管内の薬品販売業者につき調査したところ小売販売の差益率及び所得率は次のとおりである。
差益率 所得率
医薬品 二七% 二一%
化学薬品 二五% 二〇%
衛生材料 二七% 二二%
化粧品 二三% 一九%
小間物 二五% 二一%
調剤 六六% 五五%
※ 被告が主張する差益率とは売上金額と販売原価(本件においては仕入金額)との差額の売上金額に対する比率
(売上金額-販売原価/売上金額)=差益率
をいう。従つて販売原価と差益率から売上金額を算出する算式は
売上金額=(販売原価※/1-差益率)
となる。
※※ 所得率とは売上金額に対する所得金額の比率をいう。事業所得の所得金額は売上金額からその種事業に一般的共通的に必要な経費を控除したもので、家賃、雇人費等の特別経費を控除する以前のものである。
ニ、被告はイ、ロの国税庁の調査資料のほか、神戸市内の薬局の実情並びに被告の調査した原告の経営情況から調剤による収入は総売上金の一〇%、販売による差益率は二五%、所得率は二〇%と認定した。(原告の取扱商品は医薬品が大部分であり、衛生材料がそれに次ぐ右認定の差益率及び所得率はイ記載のものの算術平均であるが、差益率及び所得率の低い化粧品は取扱数量が少いから、右の認定は原告に不利ではない。)
ホ、以上の事実を基にして原告の昭和二七年度の収入(売上金額)を算出すると、約四、二三一、三〇〇円となる。
算式
(1-25%)×90%+(1-66%)×10% = 70.9%
3,000,000円÷70.9% = 4,231,311円
その内訳は小売販売三、八〇八、一七〇円、調剤収入四二三、一三〇円であるから、これに前記所得率を乗ずると小売分七六一、六三四円、調剤分二三二、七二一円計九九四、三五五円である。これから支払家賃一八〇、〇〇〇円のうち八〇%及び雇人費五四、〇〇〇円を特別経費として控除すると課税標準となるべき総所得金額は七九六、三五五円となる。
(3)、被告が右のような調査並びに算出方法を用いたのは、被告の要請にもかかわらず帳簿書類の提出がなく、原告の協力を得ることができなかつたからであるが被告の最初になした更正決定当時及び大阪国税局協議官の調査当時は、原告の仕入先及び仕入商品を充分捕促し得ず、当時判明していた仕入金額一、七五〇、〇〇〇円を基にして、被告主張のような計算方法によつて総所得金額三八二、〇〇〇円一を認定した。
算式
25%×90%÷66%×10% = 29.1%…加重平キン差益率
1,750,000円÷(1-29.1%)= 2,468,000円(端数切りすて)………売上金額
2,468,200円×90%×20% = 444,276円………小売所得
2,468,200円×10%×55% = 135,751円………調ザイ所得
444,276円+135,751 = 580,027円………特別経費控除前所得
580,027円-(54,000円+144,000円)= 382,000円(百円未満切りすて)………課税所得
すなわち、審査決定時には三八二、〇〇〇円の限度でしか捕促できなかつた原告の昭和二七年度の所得金額は、実は七九万余円存したことがその後の調査で判明したのである。従つて実際にあつた所得金額の範囲でなされた本件更正決定には原告所論のような違法はない。
立証<省略>
理由
第一、本案前の抗弁に対する判断
本件記録によれば、本訴は原告鍵谷佐武郎と神戸市兵庫区中央市場四八号森脇ゆきが共に原告となつて被告に対し提起されたもので、原告鍵谷の主張するところは前記事実摘示欄記載のとおりであるが、右森脇の被告に対する請求は「被告が森脇に対し昭和二八年五月一七日付でなした昭和二七年度の所得額更正決定(所得額三二一、〇〇〇円、所得税額五四、二〇〇円)が違法であるからその取消を求める。」というものであることが認められる。
そこで被告は本訴は行政事件訴訟特例法に反し、併合要件を有しない二つの請求を併合提起した不適法な訴であるから却下さるべきであると主張するところ、行政事件訴訟特例法第六条によれば、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴はいわゆる関連請求に限り併合し得る旨定めており、原告鍵谷の請求と前記森脇の請求はともに昭和二七年度の所得税更正決定を争うものであるが両者の所得金額の発生原因は全く別個であつて関係があるものとは認められないから右両請求を前記法条にいわゆる関連請求ということのできないことは被告所論のとおりである。しかし昭和三〇年一〇月三日当裁判所は職権をもつて右森脇の請求を原告鍵谷の請求から分離し、爾後森脇の請求は昭和二九年行第三〇号の二として審理されることとなつたことも又一件記録によつて明らかに認められる。従つて右の分離決定によつて本訴は原告鍵谷と被告間の争訟としてのみ審理されることとなつたのであるから、最早併合要件欠缺の瑕疵は補正されたというべく、原告鍵谷の請求を不適法として却下すべきものでないことは論をまたない。よつてこの点についての被告の抗弁は理由がない。
第二、本案についての判断
一、原告が被告に対し昭和二七年度分の確定申告として総所得金額を一五〇、〇〇〇円と申告したところ、被告が昭和二八年五月一七日右総所得金額を四五六、〇〇〇円と更正する処分をし、その頃これを原告に通知したこと、そこで原告は被告に対し再調査の請求をしたが、同年七月一七日被告はこの請求を棄卸し、その頃この旨を原告に通知したこと、原告はこれに不服で更に大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、同局長は昭和二九年六月四日右更正処分の一部を取消し、総所得額を三八二、一〇〇円、所得税額を五九、四五〇円とする旨の審査決定一をなし、その頃この旨を原告に通知したことは当事者間に争がない。(以下右審査決定によつて取消された残余の被告の更正決定を単に本件更正決定という。)
二、被告は原告には係争年度における帳簿等がなかつたので、原告の該年度の仕入金額を基準にし、これに被告調査の資料をあわせてその所得を推計したと主張するところ、成立に争のない乙第二六号証の一、二、同第二八号証の一、二に証人西原弥一郎の証言を総合すれば、原告が被告に対する再調査請求に際し提出した昭和二七年度分所得税再調査請求書には所得計算の真実性又は不服の理由を証明するその他の計算書等の添付が要求されているにもかかわらず、前記申告どおりの所得一五〇、〇〇〇円を算出する経緯を示した収支計算書の添付があるだけで、これが裏付となるべき帳簿類については何らの記載もなかつたこと、大阪国税局長に対する前記審査請求にあたつて提出された収支計算書についても右と同様であつたから、西原証人は原告に売上げ、仕入金額及び諸経費に関する帳簿、その他の証拠書類の提出を求めたが、原告はその提出をなさなかつたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。
一般に税務官庁の処分に対し、再調査の請求、審査の請求をした場合、請求者は自らその収支の根拠を明らかにする帳簿類を提示しその処分の非を主張するものである。しかるに本件において原告はこれをなさず、かつ税務署側の求めにもかかわらずこれを示していないのであるから課税価格を算定するに足る直接の資料が得られないわけであるが、かかる場合税務官庁としては諸方面から調査してできるだけの資料を集め、それから認められる間接事実に基き、合理的に課税価格を推計して申告を更正しうるものと解すべきである。従つて前記認定のような事情のもとでは被告が仕入金額等から原告の所得を推計する方法をとつたことは相当であるといわねばならない。
三、原告が薬剤師であつて、昭和二六年一月から肩書地において薬局を開業していたことは当事者間に争いがない。
(一)、仕入金額及び売上金額について
官署作成部分については成立に争いがなくその余の部分については証人木下宏雄、同藤井三男の各証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証ないし第五号証、同第六号証の一、二、同第七号証ないし第一九号証、同第二〇号証の一、二及び右各証言によると、昭和二七年度(同年一月一日から一二月三一日まで)に、原告が薬品卸商から仕入れた金額の総計は金三、〇〇一、六三九円に達することが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで原告は資金操作に窮し原価どおり又は原価を割つて換金処分をした商品が多く、右仕入金額をもつて売上金額を推計するのは誤りであると主張する。証人岩本時三の証言によれば同証人は原告より年間一二、三万円程の薬品を購入しているが、その価格は一般の売価より安く、原告は原価で頒けるといつていたことが認められ、又証人大久保寛の証言によれば、同証人も薬品販売業者であつて、原告から日に三〇〇円から五〇〇円内外のS・S製薬の薬品を頒けてもらつていたこと、その価格は仕入原価であつたこと、昭和二七年五月頃原告は金融業者からの借入金の返済に苦慮し、その資金操のため、仕入原価を割つてブローカに売つていた事実があることを認めることができる。
しかし、右認定の各事実は単に原告が昭和二七年度中も原価もしくは原価を割つて薬品を販売した事実があることを推認させるにとどまり、その販売の日時、数量等は明らかでない。してみれば結局被告主張のような方法で売上金額を推計するにあたり仕入商品中収益のない販売があつたとしてその販売価格を控除することは不可能であつて、右事実はせいぜい後述の差益率の認定において考慮すれば足ると解せられ
る。
(二)、販売原価について
被告主張によれば、右の仕入金額を基として売上金額を推計すべきことになるが、売上金額算出の根拠となる販売原価は、右の仕入金額から期末期首のたな卸商品の仕入価格の差額を控除又は加算したものであるべきところ、右差額の存したことを認めるに足る証拠はない。もつとも前記乙第二六号証の一、二及び同第二八号証の一、二によれば原告が被告及び大阪国税局長に提出した収支計算書によれば年初たな卸額五四四、〇〇〇円、年末たな卸額五六〇、〇〇〇円の各記載の存することが認められるが、前記認定のとおり右収支計算書の記載が帳簿等の証拠に基づいたものでない以上右の差額金一六、〇〇〇円をもつて仕入金額から控除すべきものということはできない。してみれば期末期首の在庫商品に変動がなかつたものと推定して右の仕入金額をもつて販売原価とした被告の推計は相当なものと解せられる。
(三)、差益率及び所得率について
証人佐古田保の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二一号証の一ないし四、同第二二号証の一ないし三並びに同証言、及び成立に争のない乙第二三、第二四号証を総合すれば、大阪国税局において管下各税務署(兵庫税務署を含む)から資料を集めて作成した昭和二七年度分商工庶務等所得標準表によれば、医薬品等の商品の販売及び調剤によつて得られる差益率及び所得率(被告主張どおりの用語例による。以下同じ。)はいずれも被告主張のとおりであることを認めることができる。而して本件原告の場合、右の差益率及び所得率の適用が特に不当であると認めるに足る証拠はない。ただ差益率については(二)に認定したように原告が換金のため通常の収益を度外視して販売したと認められるような事実があるが、被告が推計に用いた差益率は二五%であつて、これは化粧品を除き、原告の業態において取扱はれる商品のうち差益率の抵い化学薬品、小間物の差益率であり、加えて(一)掲記の証拠によれば原告の商品仕入先の大口がほとんど医薬品商であることが明らかであるから、右の換金のための販売の事実をもつて売上金額算出に用いられた差益率二五%が不当に高率であると首肯させるに足るものとは認められない。
(四)、調剤による収入の占める割合について
(三)冒頭掲記の各証拠によれば原告のごとく薬剤士一人が薬品販売と調剤を兼ね行う場合調剤による収入の売上金額に対し占める割合は一〇%以上と認められ、原告の昭和二七年度の営業に際し特に調剤率が右の割合を下廻つたことを認めるに足りる証拠は存しない。従つて被告が右の割合を一〇%と認定したことは相当であるといわねばならない。
(五)、特別経費について
なお被告は特別経費としては支払家賃一八〇、〇〇〇円のうち八〇%及び雇人費五四、〇〇〇円が存するにとどまると主張するが、この点については原告において明らかにこれを争わないから、これを自白したものとみなされる。
四、以上のとおりであるから原告の昭和二七年度の所得額算出にあたり用いた推計はいずれの点においても相当であつて、その総所得額は被告の主張どおりの算式により算出される七九六、三五五円であるといわねばならない。原告はその昭和二六年乃至昭和二八年の間における営業成績には大差がないにも拘らず、被告認定の各年度の原告の所得は昭和二六年度において二六万円、昭和二八年度において二七万二千円であるに反し、本件昭和二七年度は三八二、一〇〇円であつて著しく過大であると主張する。そして右各年度の認定所得は被告の明らかに争わないところであるから自白したものと看做すべきところ、右事実によれば右各年度、の所得認定は明らかに均衡を失している。そこで、原告は昭和二六年度同二八年度の所得認定につり合うよう昭和二七年度のそれも認定すべきであるというのであるが、二六年度、二八年度の認定そのものが真実の所得を過小に評価してなされることもあり得るわけであり、必ずしもこれらを基準にしなければならないということにはならない。従つて昭和二七年度の本件所得認定については諸般の資料を検討した結果過当な認定でないとなれば、たといそれ、が昭和二六年度、昭和二八年度の所得認定と均衡を失することとなつても、一概にそれを不法なりとは断定するわけにはいかない。ところが、本件昭和二七年度の所得は被告自ら主張するように実は七九六、三五五円を上廻るものと認められるのであり、右は前出乙第一乃至第二〇号証(但し、第六及び第二〇号証は各一、二)の記載により明らかなとおり、本訴提起後になされた調査により漸く明らかにされたものである。これに反し被告が課税にあつて認定した所得は三八二、一〇〇円に過ぎないので被告のなした所得認定は甚だ杜撰なものと云うことができるので前記各年度の所得認定の不均衡もむしろ被告の調査不足による所得認定の謬と推定され得る余地がある。
これを要するに被告において今少し慎重な態度で調査を行えば完全な所得の認定は因難であるとしてもより正確な把握をなし得たであろうし、若しこれを前年度と比較して著しい不均衡を来すようであれば、これを首肯し得るような根拠を発見するか或は所得認定の誤謬を見出し得たものであろう。その結果は納税者に利益或は不利益を来すこともあろうがこのような慎重な調査こそ納税者をして所得認定につき最も納得せしめ得るものである。税負担の配分的な公平ということは税制の理想であり右は納税者相互間の問題であるのみならず、同一納税者についても各年度に関して云い得ることである。
従つて税務当局として各年度の所得認定において右のような不均衡の生ずることのないよう心すべきことは当然ではあるが、原告の昭和二七年度の総所得についていうと、それが七九六、三五五円であることは前認定のとおりであり、これを誤つて三八二、一〇〇円と過少に認定したことは原告に対して何等の不利益を与えるものではなく、これをもつて直ちに右所得の認定を違法とすることはできない。
してみれば右の認定の総所得額の範囲内で原告の所得を三八二、一〇〇円とした本件更正決定に何等違法が存するものということはできず、本件更正決定は適法であるからその取消を求める原告の本訴請求は失当であつてこれを棄却しなければならない。そこで訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 小泉敏次 前田亦夫 大石忠生)